【感想】『伊坂幸太郎』全作品、一挙紹介してみた(パート1)
退職に伴い、一カ月間まるまる有給消化で過ごすことになった10月。
さて、何をしよう。
日本全国の温泉を巡りたいな。どうせなら海外にでも旅行しようかな。なんて、色々な思いを巡らせていましたが、どれも実行できず。
で、結局10月の一ヶ月間をどう過ごしたかと言いますと、ある作家の作品をひたすら読み漁っておりました。
というのも私、「この作家の作品は全て読破している!」と胸を張って言える作家が存在しなかったんです。
ということで、タイトル通り、その作家を伊坂幸太郎さんに定め、今まで読んだことがある作品も含め、全ての作品を読み返してみました。
ちなみに、伊坂幸太郎さんに定めた理由は、文体が難しくないのでサラサラと読める。そしてエンターテインメント性が非常に高い。つまり、挫折することなく全ての作品を読み終えられるだろうという単純なものです。
ということで、エッセイやアンソロジー作品を除けばほぼ全作品を読み終えたので(書籍化されている33作品)、何回かに分けて読んだ作品を一挙紹介してみようと思います。
伊坂幸太郎作品の魅力
作品を紹介する前に、伊坂幸太郎作品は一体どんなところが面白いか?私なりにいくつか並べてみました。
・王道の娯楽小説でありながら練りに練られた構成の技巧「伊坂マジック」
設定の奇抜さだったり主人公が追いつめられていく様だったり、伊坂作品はとにかくエンターテインメント性に富んでいて「これぞ王道の娯楽小説!」と言えるんですが、ただの娯楽小説では終わらないんですよね。伏線の多さや、その伏線回収の技巧にはついつい唸ってしまいます。いつも一歩先をいかれている気分になるんです。伊坂さんが「はい、今、僕の技巧に騙されてますよ〜」ってニヤリとしている姿が浮かんでしまうんですよね。細部まで油断しちゃいけない。そんな楽しみがあります。まさに、伊坂マジックです。
・登場人物たちのキャラクターとテンポの良い会話
伊坂作品に登場する人物ってキャラが立ってるんですよね。でもって、クスリと笑える会話や行動が多い。どんなに重いテーマを扱っていてもテンポ良く読めるのは、このおかげかもしれません。キャラクターの個性がきちんと書かれているので、「映像化するなら誰をキャスティングするかなあ」なんて想像しながら読むのも楽しいと思います。(実際に映画化されている作品が多い理由のひとつかもしれません)
・“どうしようもない悪”と“善”との対峙
伊坂作品に出てくる悪って、本当、とことん悪いんです。例えば、レイプだったり動物虐待だったり拷問だったりを罪悪感の欠片もなく楽しんでやっちゃう人が出てきたりとか。それをぼかすことなく表現してくるので、嫌悪感で本を閉じてしまいそうになることもあります。でも、そういった悪の残酷さが誤魔化さずに書かれているからこそ、善の在り方が明確に見えてくるんですよね。基本的には勧善懲悪がテーマの作品が多いのですが、一方で「悪とは何か、善とは何か」読者に答えが委ねられたまま終わる作品もあるので、良い意味で肩透かしを食らうこともあります。
・非現実と現実のコラボレーション効果
先にも書きましたが伊坂作品って奇抜な設定が多いんですよね。非現実というか。普通に生活してたらこんなこと起きないだろ!っていうような。けれど、そこに出てくる登場人物の心情だったり葛藤だったりは、生々しい。現実とかけ離れていないんです。あくまでフィクション小説なので現実に忠実すぎても面白くない。けど、かけ離れすぎると共感が生まれない。そんな非現実と現実の按配が絶妙だなと思います。それから、伊坂作品には実際に存在する人物や作品が登場することも多いので、そういったちょっとした現実から、なんとなく普遍性を感じてしまうんですよね。
・爽やかな読後感。けれどかすかに漂う切ない気持ち
基本的に、伊坂作品を読み終えた後は、すっきりとした気分でいられると思います。時々、どうしようもなく読後感が悪い小説ってありますよね。そういった部類ではないですね。ただ不思議なことに、爽やかな気持ちや温かい気持ちになる一方で、寂しさや切なさもまた、かすかに残るんです。それがまた心地良いんですけどね。
・作品ごとのリンク部分をみつけるのが楽しい
伊坂作品といえば全く別の作品に同じ人物が登場したりするのも読んでいて楽しいポイントのひとつですよね。「あ、この人この作品で出てきた!」という場面にたくさん出会います。明確に名前は出ていなくても、描写で「同じ人物だよな」と気づかされるので、登場人物をリンクさせながら読んでみてください。
ということで!長くなりましたが、早速作品紹介に参りましょう!今回はデビュー作『オーデュボンの祈り』から『重力ピエロ』までの4作品です。
伊坂幸太郎作品、一挙紹介(パート1)
オーデュボンの祈り
あらすじ
コンビニ強盗に失敗し逃走していた伊藤は、気付くと見知らぬ島にいた。江戸以来外界から遮断されている“荻島"には、妙な人間ばかりが住んでいた。嘘しか言わない画家、「島の法律として」殺人を許された男、人語を操り「未来が見える」カカシ。次の日カカシが殺される。無残にもバラバラにされ、頭を持ち去られて。未来を見通せるはずのカカシは、なぜ自分の死を阻止出来なかったのか?(引用:amazon)
伊坂幸太郎のデビュー作となるこの作品。
読み始めのうちは、なんとなくオズの魔法使いの世界に迷い込んだような、「あれ。私今、ファンタジー小説読んでるんだっけ?」と、なんとも言えない不思議な気分のままページをめくっていくことになります。
なんてったって【未来が見えるカカシ】が、この作品の重要人物(人物と言っていいのかは謎ですが)ですからね。念のためですが、カカシというのは、人間の名前ではありませんよ。田んぼに刺さっている、あのカカシです。そのカカシが、言葉を話せて且つ未来が見えるんです。
設定からして、従来のミステリー小説とは逸脱していますよね。
とはいえ、「未来が見えるはずのカカシが、なぜ殺されたのか?」「果たして犯人は誰なのか?」というミステリー要素はしっかり盛り込まれているわけで。断片的だった出来事が次々と繋がっていく伏線回収の伊坂マジックは、デビュー当時から顕在です。
印象に残ったシーン
「小説の中で事件が起きるんだ。人が殺されたりして。で、その名探偵が最後に事件を解決する。犯人は誰それだ、と指摘するんだ」
「で、当たっているわけか」
「というよりも、彼が決定した人が犯人になるんだ。ただ、彼は犯罪そのものが起きるのを防ぐことはできない」
犯罪を止めることはできない。でも、真相は指摘できる。僕がその探偵本人であったら、こう叫ぶだろう。「何の茶番なのだ」と。自分はいったい誰を救うのだろうか、と頭を掻き毟る。
未来を知り得ながらも、何もすることができないカカシのもどかしさ。自分の役割はなんなのか。使命とは。
ラストでどんでん返しがあるわけでもなく、決して派手な作品とは言えませんが、個人的にかなり好きな作品なので、近い内にネタバレを含みながら、一記事書ければなと思います。
おすすめポイント
・独特の世界観で通常のミステリーとは違った面白みを味わえる
・勧善懲悪が明確でスッキリする
・なんてったって伊坂幸太郎のデビュー作
ラッシュライフ
あらすじ泥棒を生業とする男は新たなカモを物色する。父に自殺された青年は神に憧れる。女性カウンセラーは不倫相手との再婚を企む。職を失い家族に見捨てられた男は野良犬を拾う。幕間には歩くバラバラ死体登場――。並走する四つの物語、交錯する十以上の人生、その果てに待つ意外な未来。不思議な人物、機知に富む会話、先の読めない展開。巧緻な騙し絵のごとき現代の寓話の幕が、今あがる。 (引用:amazon)
5つのストーリーが別々に展開していく一冊。
登場人物も時間軸もバラバラに物語が進んでいくため、「いつか繋がるんだろうなあ」と分かってはいても中々到達点が見えず、最初のうちは置いて行かれないように必死に読みました。
で、一旦繋がりが見えるとどんどん進んでいく。終盤の盛り上がりは秀逸でした。一度乗り込んだジェットコースターからは降りられない。そんな気分です。
毎日少しずつ読もうとすると分からなくなるので、時間があるときに一気に読むことをおすすめします。
この作品で初登場、今後の伊坂作品にもちょくちょく出てくる黒澤が個人的に大好きです。なので、印象に残ったシーンも、黒澤の台詞より抜粋。
印象に残ったシーン
「でもな、人生については誰もがアマチュアなんだよ。そうだろ?」
佐々岡はその言葉に目を見開いた。
「誰だって初参加なんだ。人生にプロフェッショナルがいるわけがない。誰だって初参加なんだ。まあ、時に自分が人生のプロであるかのような知った顔をした奴もいるがね、とにかく実際には全員がアマチュアで、新人だ」
個人的に心に残る台詞が多かったこの作品。伊坂作品って、あたかも「名言だろ?」と提示してくるのではなく、ストーリーの流れの中で自然と放たれる言葉の数々に、自身の考え方のヒントになるような教訓が隠れているんですよね。
一度読み終えても、すぐにもう一度読み直したくなると思います。
おすすめポイント
・まさに伊坂マジック!読者を裏切る仕掛けが盛りだくさん
・人生が豊潤になる隠れ名言が多い
・登場人物、黒澤が魅力的(かなり個人的)
陽気なギャングが地球を回す
あらすじ
嘘を見抜く名人、天才スリ、演説の達人、精確な体内時計を持つ女。この四人の天才たちは百発百中の銀行強盗だった……はずが、思わぬ誤算が。せっかくの「売上」を、逃走中に、あろうことか同じく逃走中の現金輸送車襲撃犯に横取りされたのだ! 奪還に動くや、仲間の息子に不穏な影が迫り、そして死体も出現。映画化で話題のハイテンポな都会派サスペンス!(引用:amazon)
軽快かつスリル有で、さらりと読める作品。
4人の強盗団のキャラクターがとにかく際立っていて、ドタバタとした映像が脳内に何度もちらつきます。この作品は映画化されていますが、私はまだ映画を見ていないので、自分なりに配役を立てて読んでみたところ一層楽しめました。
強盗団なのでいわゆる悪者なんですが、愛すべき悪者といいますか。(犯罪を肯定しているわけではありませんよ!)
この4人の会話を後ろでずっと聞いていたいなと思うような、そんな読後感です。正直、話の内容はあまり印象に残っておらず・・・。個人的には、4人のキャラクターや会話を楽しむ、そんな作品だと思います。
印象に残ったシーン
・「でもさ。正しいことが人をいつも幸せにするとも限らない」
・「穏やかな人って何だ」「人生を楽しんでいる人かも」
・「魂のランクが下がってる」
伊坂作品をこれから読む人で、「シリアスよりもコメディ派」という人や、「漫画はよく読むけど小説はあまり読まない」という人におすすめの作品です。
おすすめポイント
・登場人物たちのキャラクターがとにかく際立っている
・明朗快活!テンポよく読める
・憂鬱な気分が吹き飛ばされる
重力ピエロ
あらすじ
兄は泉水、二つ下の弟は春、優しい父、美しい母。家族には、過去に辛い出来事があった。その記憶を抱えて兄弟が大人になった頃、事件は始まる。連続放火と、火事を予見するような謎のグラフィティアートの出現。そしてそのグラフィティアートと遺伝子のルールの奇妙なリンク。謎解きに乗り出した兄が遂に直面する圧倒的な真実とは――。溢れくる未知の感動、小説の奇跡が今ここに。 (引用:amazon)
母親が強姦されてできた息子、春。そんな春と家族の物語。遺伝、血縁、家族について問いかけてくるメッセージ性の強い本作品。
レイプや遺伝という重たいテーマを扱っているだけに、読んでいる側が暗い気分に陥ってもおかしくないところを、そうさせないのが伊坂さんの力量でしょうか。
憎悪や悲しみといった負の感情が、家族の愛や優しさといったあたたかい感情によって救われる。暗い井戸の底に長年うずくまっていたら、ある日、光が差し込んできて一気に外の世界に引っ張り上げられるような、そんな感じです。(わかりにくい)
決して明るい結末ではないですが、あたたかさの残る作品です。
印象に残ったシーン
・「楽しそうに生きてればな、地球の重力なんてなくなる」
・「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」
・そうして、父と春が握手をした。父の表情は変わらなかったが、右手にはとても強い力が込められているのがわかった。意思の伝達を行うような、力強い握手だった。
・「おまえは俺に似て、嘘が下手だ」
ガンジーなどの先人の言葉を春がよく引用しているせいもありますが、それに負けず劣らず春の父と母が素敵な言葉をたくさん残してくれており、本作品については大好きな言葉がたくさんあるので、別の機会にまた紹介したいなと思います。
おすすめポイント
・重たい話なのに、あたたかい気持ち(幸福感)が勝る
・「何を善とし、何を悪とするか」考させられる作品
・春が博識なので、知識が増える。
ちなみに、この作品の出だしがとても好きです。
ありませんか?一文目からその世界観に引きづり込まれること。夏目漱石の「我輩は猫である」だったり、島崎藤村の「夜明け前」だったり、出だしが有名な作品ってあると思うんですが、そんな歴史的に有名な作品にも負けず劣らずだと思います。
ー春が二階から落ちてきたー
声に出すと思わず、うっとりとした溜息が出てしまうのは私だけでしょうか?
ということで。第一段階、ひとまず終了!なんとなくでも、「読んでみたいなぁ」と思ってもらえる作品があれば嬉しいです。
次回は5作品目「アヒルと鴨のコインロッカー」から紹介します。BGMにボブディランを用意してお待ち下さい!
以上!