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日々、てくてくと。

本・漫画・ハロプロネタを中心に日々考えてることを気ままに。

【雑記】今回の転職にかかり両親に対する感謝の念が堪えない話

雑記

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こんばんは、華金ですね。

今日は、タイトル通り「お父さんお母さんいつもありがとう」という話について書いていきます。

本題は、今回の転職にかかることなのですが、その前に、私の両親のことを簡単に紹介します。

ちなみに私は、父のことを「父ちゃん」と呼び、母のことを「ママ」と呼びます。とてもチグハグです。同じように呼ぶ人とは出会ったことがありません。

万が一「父ちゃん!ママ!」と両親のことを呼ぶ方がおりましたらお声かけ下さい。ぜひお近づきになりたく存じます。

それでは、早速参りましょう。

 

我が両親について

父(62歳)自営業

趣味はビリヤードと読書。そして年柄年中“ 作務衣+下駄 ”スタイルでございます。作務衣、ご存知ですか?ちなみにサムエと読みます。はい、こんなやつです。

 

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(出典元:http://www.samuelife.com

 

これを一年中着ております。スーツ姿なんて冠婚葬祭の時以外見たことありません。念のために申し上げますと、私の父は住職ではございません。陶芸家でもございません。でも、年柄年中作務衣を着ております。

そして、これにプラスして下駄を履いております。冬でも下駄です。遠くにいてもわかります。カランコロン、カランコロン。そんな音が聞こえてきたら、「あ。父ちゃんや」と悟ります。

 

母(年齢非開示)主婦

東京で生まれ育ち、父との結婚を機に福岡へ。シティガールが急に地方へ来たわけですから、引越し当時はあまりもの寂しさに毎晩枕を濡らしていたようです。そんな母も今や立派な福岡人。

結婚当時30キロ台だったらしい体重は世紀末の大増量を遂げ、腕っ節母ちゃんと化しております。「こんなはずじゃなかった。もっとしおらしいおなごだったはずだ」いつかの父の嘆きです。

 

我が両親のDIYのレベルが普通じゃない件

DIY(日曜大工)といえば、棚を作ってみたり壁を塗ってみたり、そんな類が一般的ですよね。しかし、うちの両親は一味違いました。ある日、母がぼそりと呟いたんです。「囲炉裏が欲しいな」と。

囲炉裏、いいですよね。和室なんかにあると、和を感じますよね。でもそんな簡単に手に入るものではありません。ーと思っていたら、父がぼそりと言ったんです。「作りゃあ、いいやん」と。

それはまさに、某国民的ドラマの名台詞「あるよ」にも劣らない軽いタッチで、淡々と。

いやいやいやいや。そんな簡単に作れるわけがないでしょと心の中で突っ込みを入れる私を他所に「そうやん!作ればいいったい!」と母はノリノリのご様子。

そんな両親を尻目に懸けておりましたら、数日後。なんと、出来上がっておりました。その完成品がこちら。

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昨日まで何の変哲もなかったテーブルの真ん中に、突如として現れた囲炉裏。父母共同作業による賜物です。この囲炉裏が出来てからというもの、冬になると後ろのソファーに座り、家族揃って暖をとります。

牡蠣やおにぎりなんかを焼く日もございますので、ぜひ我が家にお越しの際は囲炉裏で温まって行ってくださいね。

とまあ、こんな感じの我が両親です。では、そろそろ本題に。 

 

「いいっちゃない?」の一言に救われる

 

 今回転職をするにあたって、正直両親に伝えるべきかかなり悩みました。初めての転職ですし、年収は減りますし、正規雇用でなくなりますし。心配かけるかな、と。

まあ、とっくに成人を超えたいい大人なので両親に相談しなければならないという義務はないのですが。

学生時代に思い描いてたんですよね。

社会人になったら、両親にまとまった仕送りをするとか、一年に一度は旅行に連れていくとか。社会人になったらそんなことが当たり前にできるって、思い描いてたんですよね。

蓋を開けてみたら何一つ叶えられてなくて、「むしろ今回の転職で心配かけるかも」とか考えると情けなってくるわけで。結局前職を辞めることを伝えたのは、退職日の10日前。次に何するかを伝えたのは既に退職日を過ぎて、実家に帰省してからでした。

 

「で、次何すると?」

 

実家に帰省してからもなかなか私からは言い出せていなかったのですが、ついに母から一言。おやつの時間。梨と柿が出されてかぶりついていた時でした。

 

私「挑戦したいことがあるっちゃんねえ」

母「出版?」

私「うん」

母「いいやん。前から言いよったし」

私「でもアルバイト」

母「・・・・」

 

む、無言きた!!!!!!一瞬空気がピリッとした気がして、そこからはもう必死に喋ってました。一方的に。なんでしたいのか。どこで何をするのか。どれだけ挑戦したいのか。今どういう段階にいるのか。などなど。

で、一通り喋り終えたところで、母が一言。

 

「いいやん。頑張りいよ」と。母の性格上、反対されることはなくとも、もっと根掘り葉掘り聞かれるものだと思っていたので拍子抜けしてしまい、「いいと?」なんて、情けない質問をしておりました。

 

母「いいもなんも、挑戦したいっちゃろ?」

私「うん。でも、いいと?」

母「挑戦したいって自分の子が言いよるっちゃけん、否定する権利も理由もなかろうもん。それにあんたが挑戦したいとか言うの珍しいやん。そりゃ応援するくさ」

 

そこまで言って納得したのか何なのか分かりませんが、「挑戦したいことがあるっていいねえ」なんて言いながら夕飯の準備に取り掛かり始めまして。私はとにかく涙がとまらなくなって。母は何も突っ込んで来ませんでしたが、ひとりでグズグズ泣いておりました。梨と柿を頬張りながら。

 

それからその日の夜、晩御飯を食べながら父にも同じような話をしました。で、父も一言。「いいっちゃない?」と。「親自身が誇れる人生送ってきとうなら立派に口出しなんかも出来るっちゃろうけどねえ。そうやないけんねえ」とケラケラ笑いながら。

 

 ・・・なんだかなあ。

反対はされないだろうし応援してくれるだろうなって想像はしてたんです。ただ、実際に父母の口から聞いた「いいやん」「いいっちゃない?」の言葉は、想像していたよりも遥かに自分にとって心強かったです。

 

 ちなみにその夜、自分の部屋に戻って耳を澄ましておりましたら、

「お金のこととか心配せんで目の前のことに集中できるように私夜勤でも始めようかいな」なんて母の言葉が聞こえてきまして、そこでまた目頭が熱くなるわけです。

もちろん、お金のことで親に甘えようとは思ってません。甘えるのと脛かじりは違うと思うので。だけどそうやって考えてくれていること自体がたまらなく有難くて。この人たちにとって私は、何歳になっても、いつまで経っても子供なんでしょうね。

 

自分ひとりで頑張ってる気になって、他人を見下したり威張り散らしたりするような日が来ようもんなら、このブログを読み返そうと思います。

両親に対する感謝の意を忘れないための備忘録として。

 

愛情を繋いでいく

ちなみに今回の件を親戚のおばちゃんと話したところ次のような言葉をいただきました。

・親は子供が甘えてきてくれるうちが花。

子供が甘えてきたら目一杯、応援するし愛情を注ぎたいと思ってる。

なんでかって?おばちゃんも、そうやって生きてきたから。

親に目一杯甘えて、親から目一杯愛情もらってきたから。

だからおばちゃんの子供も、自分に子供ができたら、目一杯子供に愛情を与えていかんといかん。そうやって愛情ってのは繋がっていくもんよ。

・親の仕事は子供の可能性や選択肢を広げてあげること。

だから子供が夢や目標を語ってきてくれることはこのうえない親孝行。

仕事をあたえてくれるわけやからね。

私も子供ができたら目一杯愛情を注ぎたい。もしできなくても、もらってきた愛情を私だけで終わらせたくないなあ。誰かに繋いでいきたいなあ。そう思った次第です。

※ ちなみに。甘えるのと脛かじりは違うと思っていますので、「甘える=脛かじり」とは捉えて欲しくないですね。「うちの親、甘やかしてくれるよ!最高でしょ!」ということを言いたいのではなく「選択肢をいつも広げてくれる親に感謝してるよ!」っていう話です。

拝啓 父ちゃん、ママ

拝啓 父ちゃん、ママ

父ちゃん、痛風には気をつけて。

ママ、もうすこし痩せた方がいいよ。

何がいいたいかと言うと、身体は大事にね。

 

以上!