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【小説感想】『きみはポラリス』(三浦しをん)さまざまな恋のかたちを描いた究極の恋愛小説(1)

 

人はどんな時にその感情を「恋」と呼ぶのだろう。

その人をついつい目で追ってしまうとき。

その人のことが頭から離れず、眠れないとき。

会話するだけでもドキドキと胸が高鳴るとき。

そんな、まるで少女漫画で描かれるようなシチュエーションと出会ったとき、その感情を「恋」と呼ぶ人は多いと思う。

けれども、果たしてそれだけだろうか。

羨望。憎悪。執着。

そのときは恋だと気がつかなくとも、振り返ると、その感情こそ「恋」をしていたが故に芽生えたものなのだと、気づかされた経験はないだろうか。

今回紹介する作品は、そんな風に、決してひとつではない、決して形式立てることができない、様々な恋のかたちが綴られた短編小説集である。

 

『きみはポラリス』(三浦しをん

 

きみはポラリス (新潮文庫)

 

以下、ネタバレ含む感想となるのでご注意ください。

 あらすじと感想

 

 本作には10作の短編小説が集められている。

それぞれの話が30〜50ページ程度で書かれており、普段読書をしない方でもサクッと読めるのでおすすめです。

 

「永遠に完成しない二通の手紙」

この話は巻末の「永遠につづく手紙の最初の一文」とリンクしている。

主な登場人物は寺島良介と岡田勘太郎。ふたりは古い昔馴染みだ。寺島は惚れやすい気性で誰かに惚れるごとに「ラブレターを書くのだ」と岡田の家へやって来ては「なんて書けばいいか教えてくれ」と助けを求める男だ。

そんな寺島に対して岡田は渋々とラブレターを完成させる手助けをするのだが、岡田自身、長い間寺島に恋心を抱いているのだ。決して語られることのない、恋心を。

 

 

「俺がずっと一緒にいるよ」

「え?」

「つづき。『俺がずっと一緒にいるよ。』ほら、ちゃっちゃと書け」

「ああ、うん」

手紙はまだまだ終わりそうにない。やっていられないな、と思った。本当にやっていられない。

引用:『きみはポラリス』P24(文庫版)

 

 

同性愛を描いたこの話。寺島のラブレター作成を手助けしながら、岡田自身のラブレターは永遠に投函されることはないのだ。節々で感じられる岡田の寺島に対する思いに、とてつもない切なさを感じさせられる話である。 

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勝手に!恋愛小説指標

切ない:★★☆

甘い:★☆☆

ほのぼの:★★☆

重い:★☆☆

 

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 裏切らないこと

 仕事から帰宅した岡村は、ある日、妻の恵理花が息子のペニスを舐めている姿を目撃してしまう。それからというもの「なぜ妻はあんなことをしていたのか」と悶々とする岡村であったが、根底にあるのは「世の女性はなぜ肉親の異性に対してこれほどまでに無防備なのだろうか」という疑問と「結婚をしてもなお、妻にとって自分は、あくまで他人のままである」という思いだった。

「肉親は恋愛関係にならない。だから裏切らない。そんな安心感からだろうか?」

そういった思いを抱き続ける理由は、幼少期に近所に住んでいた老夫婦にあった。その老夫婦には誰にも知られていない秘密があったのだ。ふたりが血縁関係にあるという秘密が。その秘密を岡村だけは、知っている。

その老夫婦のことをふと思い出し、岡村が出した答えとは? 

 

 

「本気を貫く男になれそう?」

「どうですかねえ。正直言って自身はないです」

でも努力はするつもりだ。安全な「肉親の男」だけではなく、「他人」である俺もまた、信頼に値する男なのだと恵理花にわかってもらわねばならない。

引用:『きみはポラリス』P63 (文庫版)

 

 

男と女の関係の中で、肉親とそれ以外の存在とでは決して越えられない線があるように思われる。しかし大切なのは、「肉親ではない他人の男であろうと、愛する人を愛しきること、決して相手を裏切らないように努力することだ」と、この話は綴っている。

「肉親の異性と他人の異性」

そのふたつの関係の違いを明確に意識したことがないので、話を読み進めてもなんだかピンとこず・・・。「他人である異性が結婚して家族になる」経験をすれば、この話の見方も変わるのかもしれないと思った。

 

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勝手に!恋愛小説指標

切ない:★☆☆

甘い:★☆☆

ほのぼの:★★★

重い:☆☆☆

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 私たちがしたこと

カフェ店員として働く朋代には、ある秘密があった。それは、高校生時代に昔の恋人と「遺体を埋めた」という秘密だ。

高校時代、朋代には俊介という恋人がいた。俊介とのデートを終え、帰宅しようとしていたある夜、朋代は強姦魔に襲われてしまう。その現場に駆けつけた俊介。朋代を助けるために、その強姦魔を殴り殺し、遺体はふたりで近くの土手に埋めた。遺体はまだみつからず、殺人も公にはなっていない。

高校卒業と同時にふたりは別れるのだが、朋代は「殺人を犯し遺体を埋めた」という罪の意識にとらわれ、俊介以外の男に恋することはできなくなってしまっていた。

 

 

恋人を永遠に自分に縛りつけたいと願うとき、一番有効な方法はなんだろう。恋人の目の前で自殺するのがいいと、あの夜以前の私は夢想していた。

あの男を埋めてからは、もちろん考えが変わった。

恋人のために、恋人の目の前でひとを殺すのだ。それほどまでの深い思いを見せられたら、もう二度とほかのだれも愛せない。

引用:『きみはポラリス』P101(文庫版)

 

 

罪の意識によって束縛された恋から、朋代が解放されることはあるのか。なんとも痛々しく、苦々しい恋のかたちを描いた話であった。

 

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勝手に!恋愛小説指標

切ない:★★☆

甘い:☆☆☆

ほのぼの:★☆☆

重い:★★★

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夜にあふれるもの 

 エルザには真理子という一風変わった友人がいる。ときに宗教に心酔し、ときに恋人に熱狂し、ときに得体の知れない何かに身を震わせる。エルザはそんな真理子の常軌を逸した熱狂が、友人として愛おしかった。

そんなある日、真理子の夫である木村芳夫が「妻の様子がおかしいのだ」とエルザの元を訪ねてくる。けれども真理子の夫が言うことは、決して今に始まったことではなく、むしろそれが真理子の当たり前であり、エルザは、そんなことを相談してくる真理子の夫を苛立たしく思うのだった。

 

 

こんなふうに考えるなんて、私はおかしい。おかしいとわかっているのに、木村芳夫を憎悪する気持ちを抑えることができない。かつて空からなだれおちて真理子を包んだ聖なる光。それとよく似た濁流がほとばしり、隠されていた真実が夜のなかでついに明らかになる。せきとめられながら、いつかあふれだし押し流そうと私を待っていたもの。 

(引用:『きみはポラリス』P152(文庫版)

 

 

この話もまた、一話目の「永遠に完成しない二通の手紙」と同様に、同性愛を描いた話だ。けれども、一話目の岡本とは異なり、この話に登場するエルザは真理子に対する恋心を認識していない。あくまでエルザの中では、真理子に対する感情は、友情の一環であった。しかしそれは、端から見れば、異様な友情のように思えるのだが。

この話の最後、エルザは真理子への恋心を認識する。これまでの真理子に対する許容や執着が、友情からではなく恋慕からくるものなのだと。

この話のように、人は恋に似た感情をたくさん備えている。けれどもそれは本当に恋とは呼ばないのだろうか。おのれ自身のそのときどきの感情を、「あのときのあの人に対する感情ってなんだったんだろう」とついつい振り返りたくなる話であった。

 

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勝手に!恋愛小説指標

切ない:★★★

甘い:☆☆☆

ほのぼの:☆☆☆

重い:★★★

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長くなったので、一旦止めます。

つづきはまた後日。

 

きみはポラリス (新潮文庫)

きみはポラリス (新潮文庫)